11.真理領域(T)、至点

・『樹』の頂点にあたる、真理領域における第一の存在。『至点』と呼ぶことにする。それは、『至点』であり『至天』であり『至転』でもある。

・それは、ユダヤ教神秘主義である「カバラ」において、頂点にあたる存在、「ケテル」に対応するものである。

・「ケテル」は、カバリストにとっては、すべての者が目指す極地、と言うことができる。


・『至点』の説明は、「ケテル」の説明でほとんど事が足りる。ほぼ似た概念であるので、主に「ケテル」に関する説明をしていくことにする。

・まかり間違えば、唯一神のように捉えてしまいそうなこの存在だが、この存在を扱うにおいての注意点は、『X.真理領域』の所で述べた通りである。
 『樹』の頂点であり、また、『真理領域』の中心にもあたるこれは、その性質を最も強く持つ。
 
・それは、「これ」と捉えようとすると、その本質から離れてしまうような性質を持つ。

・また、「頂点」というが、あくまで、「この次元においての頂点」である。

・後ほど詳しく記述するが、「この次元においての樹」の「この次元においての頂点」の上に、さらに「上の次元」というものが存在し、「上の次元においての樹」に通じている。そして、それは「上の次元においての樹」の「下端の点」に繋がっている。

・伝説的な錬金術師とも呼ばれる、「ヘルメス・トリスメギストス」の書いた「エメラルド・タブレット」によると、「上にあるものは下にあるもののごとし、しかして下にあるものは上にあるもののごとし」という真理が書いてある。これは、魔術全般に通じている真理であり、当然、「カバラ」の「ケテル」にも、それは正しく当てはまる。


・まずは、この「ケテル」は、「白い光」と伝えられていることについて述べる。

・それは、「神の愛」であり、「すべてを調和へと導く光」であり、「創造主の光」でもある。主なる神の「歓喜のエネルギー」と言うこともできる。

・しかし、それは、あくまで、一つの側面を語ったものに過ぎない。
 カバリストが「ケテル」について伝える際、最も簡単な伝え方が「白い光」であるから、「白い光」という言葉が残ったと読むこともできる。しかしそれは、あくまで「ケテル」の一つの側面なのである。

・恐らくそれは、どちらかというと「渦」と表現した方が近いのではないかと思われる。

・それは、絶えず循環しており、表の面と裏の面を持っている。陽と陰が存在し、その双方と、それらが循環している構造を持つものが、「ケテル」なのである。

・「白い光」は、その「渦」の中で、流れている力の一つであり、その一面を見ることで、「白い光」を認識することができる。

・この「渦」という表象も、いくらか近いというだけで、その本質そのものではない。
 あくまで、陽と陰とを行き来し、時にはその調和と審判を行う、人間の次元では認識の難しい、微細な「何か」である。


・「ケテル」について、まともに説明しているカバラの書物を読むと、それは、雲を掴むような感覚に襲われるようなものである。

・そうでないものは「誤伝」である可能性が高い。真理に近いからこそ、そうしたことが起きやすいのである。

・「ケテル」の色は「白」であると伝えられている。それは「白」というよりは、「空(くう)」の色であり、「無」の色であり、同時に「有」の色でもある。

・ケテルは「全は一、一は全」のような存在である。よって、ここでの「白」も、「すべてに染まることができる純粋な白」でありながら、「すべての色の光を含みもつ万能の白」でもある。
 そうした、まるで芸術のような、微細な要素を持っていて、「妙」なるものそのものといえる。

・そうしたものを持っていない、漂白して作ったかのような白は、間違いなく偽物である。
 そうした色を簡単に作ることもできて、いわゆる「宗教」というものに仕立て上げることもできるのも、「ケテル」の特徴である。


・「ケテル」は「非存在のヴェール」というものに覆われていると伝えられている。
 『X.真理領域』の所でも述べたが、それは、「存在している」と認識すると、その認識したものは「存在者」となり「存在」から遠ざかってしまう性質を持つ。
 「ケテル」は、この次元においては、そうした性質が最も強い、特異点にあるものである。


・「ケテル」をイメージを掴むにおいては、「老子」の「道(タオ)」のイメージを掴むことが、非常に近い。

・「道(タオ)」とは、『X.真理領域』の所でも述べた、「老子」が「真理」であるとしたものである。

・「老子」の教えについて詳しい説明はここでは省くが、一例としては、「三つの宝」という話がある。

・「老子」は、己の中に三つの宝を持つことを重要視した。
 一つ目は、慈愛を持ち、他人を思いやること。
 二つ目は、節制をし、無駄な浪費は控えること。
 三つ目は、敢えて天下の先頭へとは立たないようにすること。
 慈愛があれば、人は恐れを克服して戦うことができ、節制をすれば、人は大きくエネルギーを蓄えることができ、敢えて天下の先頭へとは立たなければ、自らの才能を磨き、それを熟成させることができるという。

・それから、「上善水の如し」という言葉もある。それは、「水」が「道(タオ)」の性質を良く表したものだとし、以下のように述べられている。
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もっともすばらしい人間は
水のようだと例えることができる。
水はあらゆるものに潤いを与えて、
手柄を誇らず、また、
人々のもっとも嫌う低い所にとどまり、
それゆえ「道(タオ)」にそっくりだと言えるのである。
水は低い所へ流れて、その心は深く、
万物は水によって生命を得るのである。
水はよく澄んでよく他者を映し、
あるいは他者をよく洗い清め、
器しだいでどんな形にもなり、
四季の時節をはずすことがない。
もっともすばらしい人間は、
水のような美徳を備えているために
咎めがないのである。
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このように、「老子」の教えは、「柔」の性質を持っていて、なるべく「脆弱」な態度をとる、「愚者」のような者を重要視する教えが基本である。
 そして、カバラの「ケテル」においても、そちら側の教えが重要である。

・「ケテル」は白い老人で象徴されるような所がある。
 それは、一方で、ユダヤの「主」のように厳格な創造主のように捉えることも出来れば、「老子」のように、何処までも柔軟で脆弱な存在として捉えることもできる。
 これは、「真理」と「神」と「愚者」と「老人の象徴」は、カミ一重だということである。


・「ケテル」と絡んでいるカバラの概念として、「アイン・ソフ」というものがある。

・「アイン・ソフ」とは、「無限」と称されるものであり、それは、「ケテル」より上次元にあるか、背後にあるか、その構造を内部的に含んでいるものである。

・「アイン・ソフ」こそ、「道(タオ)」により近い、無限循環の存在である。「ケテル」は、「アイン・ソフ」の構造を持っていて、セフィラーの頂点として、セフィロトを作り出しているものである。
 よって、「アイン・ソフ」の方が、より根元に近い存在にあたる。


・「ケテル」について知っておくには、神聖四文字(テトラグラマトン)と呼ばれる「YHVH」についても押さえておく必要もある。
 これは、「Y→H→V→H」と発展する、4段階式のシステムであり、それぞれ以下のような意味を持つ。
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Y(ヨッド):
「1」の象徴。
1なる完全な絶対者を表す。
始原であり、無であると同時に全体でもある。
物質世界に降りた時、四元素では「火」に対応し、
創造をするための活動的なエネルギーを持つ。

H(ヘー):
「2」の象徴。
1なるY(ヨッド)の相手となる他者にあたる。
二者、二極への分割を表す。
「Y(ヨッド)」が父性なら、「H(ヘー)」は母性になる。
物質世界に降りた時、四元素では「水」に対応し、
二者として調和するための愛情のエネルギーを持つ。

V(ヴァウ):
「3」の象徴。
1と2の両者の統合などを表す。
また、観察や制御なども司っている。
「三位一体」の概念としては、ここで一旦完結する。
物質世界に降りた時、四元素では「風」に対応し、
三者目として調停するための思考のエネルギーを持つ。

H(2つ目のヘー):
「4」の象徴。
三位一体から加わる4であり、
神聖四文字では、ここで新たな1が発生する。
3はイデアの状態に過ぎないが、
それに1を加えることで、
新たな下次元の1となり、具体的な現実が生まれることになる。
「Y」の次の「H」とも一致するので、2としても働き、
三位一体を終結させるので、3としても働く。
「1,2,3,4」のすべての象徴にもあたる。
物質世界に降りた時、四元素では「土」に対応し、
物質世界を作るためのエネルギーを持っている。
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・こうした、万物を作っている元となるシステムというものがあり、この中から、この次元への「流出」という現象が起きる。
 そして、その「流出」の起きる場所であり、一番始めの場所となるのが、「ケテル」なのである。

・また、「ケテル」は、ここでの神聖四文字「YHVH」に対応している、純粋な「火・水・風・土」の四元素の力の元型を持っている存在でもある。

・それから、この「YHVH」は、それぞれ、カバラにおける「元型界(アツィルト界)」「創造界(ブリアー界)」「形成界(イェツィラー界)」「物質界(アッシャー界)」に対応していて、「Y→H→V→H」という発展は、「《元型》→《創造》→《形成》→《物質》」という発展に通じている。


・「ケテル」は、カバラにおいて「王冠」という称号が割り当てられている。それは、「頂点」という意味で、「王冠」ということでもあるが、「三」という数も重要である。
 それは、「三位一体」を表している。
 「ケテル」の持つ「陽の性質」と「陰の性質」と「その統合」の三つである。
 また、「ビナー」や「ホクマー」とも一体となれる関係にもあり、「ビナー」と「ホクマー」と「ケテル」との「三位一体」でもある。


・さて、ここで、ユダヤ教神秘主義における「神」の特徴について述べてみる。ここでの「神」の特徴は、この「ケテル」の持つ性質と、ほぼ同様だからである。

・カバラの原典ともされる「ゾハールの書」というものがある。そして、それを二十世紀に英語へと翻訳し、入門書として簡潔にまとめたものに、「神のようになる」という著書がある。
 ユダヤ教神秘主義的な思想における「神」の持つ性質や、現在に伝えられている「ユダヤ・カバラ」の教義の内容は、およそ、ここに簡潔に書かれている。

・「神」とは基本的には、「与える」ことや、「分かち合う」ことを良しとするという性質を持ち、それだけで満足することができるという、「歓喜」と「充実」の源泉でもある存在にあたる。

・逆に、それと逆の性質を持つものが「エゴ」と呼ばれ、これは、「奪う」ことや「自分だけが得する」ということを良しとする性質を持つ。

・「神」が、「歓喜」と「充実」と「生命」の源であり、「エゴ」が、「苦痛」と「苦悩」と「死」の源であるとされている。
 そして、人間は、この「光の道」と「闇の道」を選んで生きるものだと言われている。

・著書「神のようになる」では、ここで「神」に意識をフォーカスさせるため、「エゴ」を憎むべきものだとしている。しかし、ここは注意するべき所である。
 単純に「エゴ」を憎んでしまっては、神秘参入の目的である、意識進化を達成することができない。

・「エゴ」を理解しないまま、「神」側の道へと行って、そこで終ってしまうと、結局、「神」と「エゴ」とが理解し合えないまま、終わってしまうことになる。
 これでは、我々が地上の世界に降り立っている意味がなくなってしまう。

・「エゴ」のことを理解してから、「神」側の道へと行くことで、初めて意識進化の道を開くことができる。

・あくまで、「エゴ」は、人生において向き合い、よく知るべき存在にあたる。
 それは、人間の肉体(特に血液と性器と脳)に宿っているので、生きている限りは、縁を切ることができない相手である。

・しかし、「神」に意識をフォーカスさせることは正しく、なるべく「与える」「分かち合う」という意識でいるようにすることは正しい。こうした力は、その力を信じれば信じる程、強くなっていくので、これは積極的に行うべき所である。
 これは、「ケテル」の持つ力にもあたる。


・ヌーソロジー的には、「ケテル」は、ψ11、ψ12、ψ13の三つが当てはまるとされている。それは、ヌーソロジー的に「ケテル」にあるとされる、上向きの三角形、下向きの三角形、六亡星、にそれぞれ対応している。

・ψ11は、「人間の定質」とされる。これは「ケテル」にある上向きの三角形に該当する。
 ψ12は、「人間の性質」とされる。これは「ケテル」にある下向きの三角形に該当する。
 ψ13は、「人間の観察精神」とされる。これは「ケテル」にある六亡星に該当する。

・真理には、「全は一、一は全」という言葉がある。これは、ケテルにあると言われる真理に該当する。
 それぞれ、ψ11は「一」、ψ12は「全」、ψ13「全は一、一は全」に対応する。
 
・また、真理領域には、「I am that I am」という真理が存在すると、『X.真理領域』の項目で述べたが、
 ここでいう、「I am」はψ11、「That」はψ12、「I am that I am」はψ13に対応する。
 
 
・ケテルは、渦の形で表現することができる。ここでいう渦の形も重要である。
 左周りは、ψ11に対応する。つまり「定質」であり、これは「一への統合」を意味する。
 右周りは、ψ12に対応する。つまり「性質」であり、これは「全への拡散」を意味する。
 
・カバラを扱う時は、「流出」した後のセフィラーについて扱うことが多いので、右周りでイメージされることのが多い。

・「統合」の力を持つものとしてのイメージとしては、左周りでイメージすることが望ましいと思われる。


・ヌーソロジー的に「ケテル」に当てはまる惑星は、
 ψ11は「冥王星」、
 ψ12は「惑星X」、
 ψ13は「真実の地球」とされている。

・「冥王星」は、科学の解釈では惑星から外されたが、魔術の世界では、毅然として重要な惑星である。

・占星術における「冥王星」は、「死と再生」を司っていると言われている。それは、物事を根底から破壊し、そして、作り直す存在である。
 また、それは「自己」との関わりが強く、「自己」の根底からの「死」と、「再生」ということを意味している。

・「惑星X」は、オコツトが述べた未発見の惑星である。その存在は、2013年現在、未だに謎に包まれている。

・「真実の地球」は、ヌーソロジー的な「覚醒」が起きた時に見える「地球」のことである。ヌーソロジーでは、こうした「地球」を、ほぼ最上位の概念として置いている。

 
・さて、ここで重要なことを述べるが、
 ここでいう、ψ13の「真実の地球」は、次の次元の『樹』の「地上」に繋がっている。
 ヌーソロジー的には、ψ13は、二度の「凝縮化」によって、ψ1と接続することができる。
 また、ψ13までの観察子が、大系観察子のΩ1を構成しているという話もある。
 ψ1とは、カバラでいうと「マルクト」にあたる、『地上』である。
  
・この構造が「エメラルド・タブレット」という聖典では「上にあるものは下にあるもののごとし、しかして下にあるものは上にあるもののごとし」という言葉として記されているのではないかと思われる。
 
・真理においての、「天上の果て」と「地上の果て」とは繋がっているのである。

・ψ13は、「進化したケテル」と呼ぶに相応しいものである。
 ψ11とψ12は、「ケテル」の表面と裏面であり、この世界は、その二つを最高位にして、一旦閉じられている。

・ψ1〜ψ12は、「プレアデス次元」にあるが、ψ13は、その次の「シリウス次元」にあるものに該当する。

・「シリウス次元」は、ψ7からでも、おぼろげに参入することになるが、ψ13になると、本格的に参入することになる。

・ここで、ψ14についても少し説明しておく。
 基本的には、要素の数としては、観察子は13つあるということができるが、恐らく、その「観察子すべて」を14番目におくことができ、それが「ψ13の反映」にあたる「ψ14」にあたるのではないかと思われる。
 ヌーソロジー的には、ψ13は「観察精神」という言葉が割り当てられているが、ψ14は謎が多いものである。「完全性質」という言葉が割り当てられるのではないかと言われている。


・構造的には、ψ11はΩ5、ψ12はΩ6、ψ13はΩ7に、それぞれ関わっている。
 それぞれ、Ω5は、「真理領域の中心」。Ω6は、「Ω5にとっての『相手』」。Ω7は、「それらすべてを上次元にもたらすもの」ということができる。


・「カバラ」の「ティファレト」は「低次のケテル」といわれており、「ティファレト」と「ケテル」は、かなり関係のあるものである。
 各人が「ティファレト」を認識した時に出てくる、何かの姿としてのイメージは、各人の「ケテル」のイメージに、方向性としては似ている。

・それは、個人によって違うものであり、それぞれの「ティファレト」のイメージによって、異なってくる。

・それぞれ「自己」が絡んでいるものなので、各人が持つ「自己」の性質によって、それらは違ってくるものなのである。

・「ケテル」について正しく認識したい場合は、「ティファレト」について正しく認識することが大事である。

 
・以上が「ケテル」についてである。分かったであろうか?

・この辺りの「真理」の理解というものは、至難の事である。
(案外、思考を捨てるだけで、解るものでもある。)




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