「太陽は何故燃えているのか」について

 さて、次は「物質の本質とは何か?」についての話です。
 オコツト達は、我々が地球上で見ている「モノ」、もとい「物質」を単なる物質とは見ておらず、何かしらの宇宙的なシステム…言い換えるならば、霊的なものの投影として、それは存在していると見ています。
 
 例えば、物質とは、素粒子の原理→クォーク→陽子と中性子→原子核→原子→分子→鉱物や細胞…といった順番で、ミクロの原理から構成されているモノと捉えることができますが、こうしたことについても、オコツト達からすれば、何か霊的な意味を見出すことができるそうです。
 これについては、書籍「2013:人類が神を見る日」にて、「太陽は何故燃えているのか?」という問題について、オコツトが答えたエピソードが面白いです。


(前略)
「太陽の寿命があと数十臆年とするあなたの理論的根拠は『プレアデス的統制』にすぎません」
「『プレアデス的統制』・・・・・・・・・?」
「あなたがたが科学と呼んでいる思想体系のことです」
「科学的知識が悪だというのですか」
「いいえ、善悪という概念は『プレアデス』が作る概念です。わたしが言っているのは、科学には宇宙の本質そのものに言及できる力は存在していないということです。あなたは太陽の寿命があと数十億年あると信じておられるようですが、なぜ太陽が燃えているのかをご存じですか」
「それは・・・・・・太陽の中で核融合が行われているからでしょう」
「その答えが『プレアデス的統制』なのです。それは太陽が燃えている理由ではなく、単なる同義反復(トートロジー) にすぎないのではありませんか」
「同義反復・・・・・・・・・・・・・・・?」
「ええ、言葉を変えて説明しているだけではないかと言っているのです。たとえば、次に、わたしがなぜ核融合が行われているかとあなたに尋ねれば、今度は、おそらくこう答えられることでしょう。――それは宇宙空間の水素が重力によって寄り集まってその圧力で温度が上がり、核融合が始まった――と。しかし、わたしは<なぜ>という質問をしているのであって、メカニズムの具体的な説明を求めているのではありません。つまり、太陽の核融合の本質を知るためには、水素や重力の本質が何なのかということを知る必要が出てきます。その意味で科学に本質はないと言っているのです」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

たしかにオコツトの言う通りだった。科学は「HOW(いかに)」という設問には驚異的な緻密さを以て解答を出してくる。が、しかし、「WHY(なぜ)」という設問には全く歯が立たない。わたしたちは科学が宇宙の謎を解明してくれているものと思いがちだが、実際、科学が行っていることは解明ではなく解説にすぎないのだ。もっとも、この解説はわたしたちに幾多の恩恵をもたらしてくれはしたが・・・・・・・・・わたしは反論できずにいた。

「すみませんコウセン。決してあなたを責めているわけではないのです。『プレアデス的統制』、すなわち科学的価値観は、決して事物の本質を説明できない宿命を持っています。それは、物質という人間型ゲシュタルトを基本にその理論体系が組み立てられているからです。『プレアデス』はわたしたちの世界から見ると、宇宙精神の全体構造において最もミクロ世界に位置する空間に存在しています。宇宙精神には、このミクロ世界に自らの全体構造を投射する仕組みが存在しており、あなたがたが物質として見ている存在は、宇宙精神の影のようなものです。重要なことは、この影の本質が何なのかを見つけ出し、『プレアデス的統制』に変容を与えることにあります。この知識を獲得することこそ、今の地球人の意識に進化を与える唯一の方法なのです」

 わたしはオコツトの話に次第に興味が湧いてきた。物質が精巧なホログラムではないかという主張は、80年代のニューサイエンス・ブームの中でD・ボームが行っていた。
 ボームはわたしが最も敬愛する物理学者の一人で、素粒子を高次元の射影ではないかという説を立てていた。彼は、わたしたちが見ている世界を明在系と呼び、明在系の奥にはその本質である暗在系と呼ばれる全体運動(ホロムーブメント)の場があると考えていたのだ。暗在系こそ、わたしたちの宇宙を流動させている本質力が渦巻いている世界だとボームは何度も力説していた。

「では、あなたは太陽の本質について何か完全な解答をお持ちだというのですか」
「完全とは申しませんが、『プレアデス的統制』より本質を捉えているのではないかと思います」
「なるほど、では、その本質について聞かせてほしいものです」

わたしは科学を馬鹿にされたような気がして、やや挑戦的な口調になった。

「太陽とは、『オリオン』から『プレアデス』へと向かう意識の流動を、逆方向へと向かわせる力の総体が、人間の意識に現れている部分です。人間が進化の方向へ意識の反転を行うための鏡のような役目を持っています。『オリオン』が持った無限力の下次元的射影という表現もできますね」

意識の反転のためのカガミ・・・・・・・・・・・・・・・? あまりに抽象的で難解な表現だった。


 このエピソードは、オコツト情報と難解さと、それに挑むコウセンさんの姿勢を表す、代表的なものになりますが、オコツトは言い回しは難解なものの、太陽の本質には「何か」があるということを予感させます。
 オコツト情報には独自の用語が多く、未だに解明の難しい所もありますが、そうしたものに挑む姿勢というのが、ヌーソロジーの発端となっていると言っても良いと思います。