河合隼雄

■河合隼雄を読み直す(6) ~日本にある「中空構造」~

投稿日:2022年1月8日 更新日:

ユング心理学は神話をヒントに、
その文化にある無意識の世界を読みといていく特徴を持つ。

河合隼雄さんもその姿勢にならって、
日本神話から日本の文化を読み解いていた。

その中に「中空構造」と呼ばれるものがあるので、
今回はそれについて説明しようと思う。

しかしながらこれは・・・なかなか難しいテーマだ。

そもそも神話から社会事情を読み解くという発想も抽象的で難しいし、
21世紀の現代社会において、中空構造の実態がどうなっているか正確に追うのも難しい。
そのため、ここで全てを語り切ることはできないかもしれない。

よって、ひとまず参考文献を提示しておいて
「こういう説がある」
「よく考えてみる必要があるかもしれない」
ぐらいの主張に留めておきたい。
 
中空構造について詳しいことは以下の書籍に書いてあるため、
気になった人は読んでみると良いと思う。


  

日本神話に見られる中空構造

まずは日本神話について見ていこう。
河合隼雄さんによると、特に『古事記』が重要な文献ということで位置づけられているため、
それを主に参照して日本神話が解釈されている。

古事記から早速取り上げられるのは、アマテラス・ツキヨミ・スサノオの主要三神が出てくる箇所である。
書籍『中空構造日本の深層』によると以下のように書かれている。

妻のイザナミを黄泉の国に訪ね、そこから帰り来たイザナキは、いわゆる三貴子、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲを生む。このときイザナキは「吾は子生み生みて、生みの終に三はしらの貴き子を得つ」と言ったのだから、その喜びと三人の子に対する期待は実に大きかったと言うべきであろう。ところで、この三神のうち、アマテラスとスサノヲについては周知のごとく、多くのことが物語られる。
<中略>
ここに誰しも疑問に思うのは、イザナキの言葉に示されるように、明らかに同等の重みをもって出現した三神のうち、ツクヨミに関する物語が、『古事記』にほとんど現われないということである。

アマテラスとスサノオは主役のように活躍する神様だが、
ツキヨミに関してはまったく出てこなくなってくるわけである。
まずはこの「ツキヨミの不在」の事象が「中空構造の根拠その1」ということになる。

加えて、その後に「それなのに日本人にとって月は重要」ということも河合隼雄さんは書いている。
万葉集で月を詠んだ詩が多いこととか、
竹取物語のかぐや姫の故郷としての月が有名なこととか、
太陽暦ではなく太陰暦を用いられた歴史が長いこととか・・・
このように「重要な存在なのにも関わらず、いないことになっている」こともポイントである。

続けて出てくる神様はアメノミナカヌシである。

「天地初めて発けし時、高天の原に成れる神の名は、天之御中主神(アメノミナカヌシ)。次に高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)。次に神産巣日神(カミムスヒノカミ)。此の三柱の神は、並独神と成り坐して、身を隠したまひき。」
まさに世界のはじまりのときに成る神として、この三神が重要であることは誰しも疑わないであろう。ところで、この三神の在り方は既に述べた三貴子と不思議な対応関係をもっていることが解る。つまり、ここでまず強調したいことは、アメノミナカヌシという、 明らかに中心的存在であることが名前によって窺われる神が、神話体系のなかで、ツクヨミと同じくまったくの無為な存在であるという事実である。

アメノミナカヌシというと、西洋だと「創造主」や「God」に該当するぐらい重要な「はじまりの神様」である。
普通はこういう神様は最重要なため、ユダヤ教みたいな一神教だと「主の存在は絶対であり、とにかく主を信じ続けること大事である」という発想になる。旧約聖書でも「主を信じることによって救われる」みたいなエピソードばっかり出てくる。
しかしながら、日本のアメノミナカヌシの場合は「空」のように無為な存在となっていて、そもそもいるんだかいないんだか分からないぐらいの存在感となっている。
これが「中空構造の根拠その2」となる。

さらに出てくるのは、ホデリノ・ホスセリノ・ホヲリノの三神である。

「故、其の火の盛りに焼る時に生める子の名は、火照命(ホデリノ)。次に生める子の名は、火須勢理命(ホスセリノ)。次に生める子の御名は、火遠理命(ホヲリノ)。亦の名は天津日高日子穂穂手見命(アマツヒコホホデミノ)。」
これはよく知られている海幸と山幸の物語であり、火照命が海幸、火遠理命が山幸とし て、有名な話が展開してゆく。しかし、この場合においても、二番目に出生した火須勢理命はまったく無為の存在なのである

これも二番目にあたる火須勢理命(ホスセリノ)がほとんど出てこなくなったことが重要らしい。
これが「中空構造の根拠その3」となる。

以上の三つの例から「日本には中空構造がある」と、
河合隼雄さんは解釈したわけである。
 

中空構造と実社会

続けて、書籍『中空構造日本の深層』では、
実社会において中空構造はどういう風に表れるのか?
その利点と欠点についてはどう言えるのか?
といったことが書かれている。

これについても、河合隼雄さんの書籍で色々と書かれているのでそれを引用していく。

たとえば、ある組織内における長の役割、その在り方などについて考えてみると、西洋の場合は、それは文字どおりのリーダーとして、自らの力によって全体を統率し、導いてゆくものである。

これに対して、日本の場合の長は、リーダーと言うよりはむしろ世話役と言うべきであり、自らの力に頼るのではなく、全体のバランスをはかることが大切であり、必ずしも力や権威をもつ必要がないのである。日本にも時にリーダー型の長が現われるときがあるが、 多くの場合、それは長続きせず、失脚することになる。日本においては、長はたとい力や能力を有するにしても、それに頼らずに無為であることが理想とされるのである。このような点は、日本の歴代の首相などを見ても、ある程度了解されるであろう

日本の「長」の特徴についてが書かれている。
西洋的な発想だと優秀なリーダーが現れてみんなを引っ張っていくことが期待されるものだが、日本においてはそういう存在がそこまで活躍しやすくはなっておらず、
どちらかというと世話役とか調整役みたいな人が活躍するとのことである。

これについては、2000年代突入による社会の変化などもあって微妙な所だが、
各々が思い当たることとして心当たりはないだろうか?
仕事の種類によってはそこまででもないかもしれないが、西洋と比べると河合隼雄さんが言う通り、世話役のようなリーダーが多いはずである。

次に、中空構造の短所についてである。

その短所のほうを指摘するならば、その中空性が文字どおりの虚、あるいは無として作用するときは、極めて危険であるという事実である。たとえば、最近、敦賀の原子力発電所における事故にまつわるその無責任体制が明らかにされたことなどは、その典型例であると言えるだろう。最も近代的な組織の運営において、欧米諸国から見ればまったく不可解としか思えないような、統合性のない、誰が中心において責任を有しているのかが不明確な体制がとられていたのである。このような無責任体制も、それが事なくはたらいているときは、案外スムースに動いているものであるが、有事の際にはその無能ぶりが一挙に露呈されるのである。

日本でありがちな「事故が起きると誰が責任を取るのか不明確な体制がとられている」ことが指摘されていて、
これは中空構造の短所に該当するとのことである。

ちなみに、敦賀の原子力発電所における事故とは以下のことらしい。

◆敦賀原子力発電所の事故隠しが明るみに – NHK

1981年に発生した事故なので、かなり昔のことを事例として挙げているが、
「無責任体制」が見られるものだったら、最近の事故などで思い当たるものを挙げれば山ほど事例があると思う。
(個人的には、みずほ銀行の度重なるシステム障害、2019年に起きた「7pay(セブンペイ)」の不正アクセスの責任問題が気になる。)

一方で、中空構造の長所についてと、
日本の中空構造を活かした「中空均衡型モデル」については以下のように書かれている。

日本の中空均衡型モデルでは、相対立するものや矛盾するものを敢えて排除せず共存し得る可能性をもつのである。つまり、矛盾し対立するもののいずれかが、 中心部を占めるときは、確かにその片方は場所を失い抹殺されることになろう。しかし、 あくまで中心に空を保つとき、両者は適当な位置においてバランスを得て共存することになるのである。

もし、真ん中に「空」を置くのではなく、強いリーダーを置くモデルだと、
リーダーを中心に安定した成果を出すことができるが、相対立するものへの「排除」が行われるようになってしまう。
例えば、アメリカの格差社会のように、強いビジネスモデルの一辺倒によって起きる問題や、成功者として大金持ちになる者と貧民街にしか行けない者をイメージをしてもらえば分かりやすいだろうか?
貧民街に行く者がリーダーの思想に反する者の場合、リーダーを中心にしてるとそれを排除する流れを止めることができない。その結果、どうにもならない者が悪事やテロに向かうということも起こり得てしまう。

そうしたことをせずに相対立するものを抹殺しないで共存するのが中空均衡型モデルであり、
河合隼雄さんはその重要性を強調している。

 
続けて、中空構造の特徴について、以下のようにも書かれている。

日本的中空構造の利点と欠点について述べたが、これは次のようにも言いかえることができるであろう。すなわち、中空の空性がエネルギーの充満したものとして存在する、いわば、無であって有である状態にあるときは、それは有効であるが、中空が文字どおりの無となるときは、その全体のシステムは極めて弱いものとなってしまう。後者のような状態に気づくと、誰しも強力な中心を望むのは、むしろ当然のことである。あるいは、中空的な状態それ自身が、何ものかによる中心への侵入を受けやすい構造であると言ってもよい。ここに中空構造を維持することの難しさがある。

うーん・・・
抽象的でなんだか難しい話である・・・

グループの中に「空」であって「有」であるような、強い存在がいればそれは概ね上手くいくが、
「空」であって「無」である「リーダーや責任者の不在」の状態になれば、
打たれ弱い上に責任を取る人がいなくてバラバラに分裂していくということだろうか?
そして、パッと出て来た嘘くさいリーダーみたいな中心人物についていくことも多く、悲惨な結果になることが多いということだろうか?

それから、以下のようなことも書かれている。

中空構造は中心への侵入を許しやすいのが欠点であると述べた。この欠点をカバーする方法のひとつとして、中心となるものは存在するが、それはまったく力をもたないというシステムが考えられる。つまり、中心、あるいは第一人者は空性の体現者として存在し、 無用な侵入に対しては、周囲の者がその中心を擁して戦うのである。このとき、その中心は極めて強力なように見えるが、それ自身は力をもたないところが特徴である。

これもなんだか難しい。
なんとなく「中心を守る者」は「侍」に該当するようなイメージだろうか?

具体的にどういうことかはイマイチ分からないにせよ、
こうしたことについて考えてみるのも面白いと思う。
 

中空構造と二つの原理

さらに、書籍『中空構造日本の深層』では、
「父性原理」と「母性原理」の話も出てくる。
「最近、わが国の家庭における父性の弱さが、大きい問題点として指摘されることが多くなった。」
という文言から始まり、河合隼雄さん自身のカウンセリング体験から、
日本の父性原理の開拓の重要性が訴えられている。

これについては『母性原理と父性原理』の記事でも説明した通り、
日本は母性原理は当然のように機能するが、父性原理は本来持っていないためなかなか機能しずらいようにできている。

そこで、父性原理を適切に機能するようにした上で、
さらにこれまで述べた「中空構造」の利点を活かして、
中空均衡型モデルで両者を適当な位置においてバランスを得て共存すること
河合隼雄さんは理想としている。

この中空均衡型モデルも「太極図」みたいなモデルで表すことができる。

さらに、これは日本神話の基本構造とも絡んでいる。

日本神話の構造は、簡単に言うとアマテラス系スサノオ系の神様みたいなのがいる。
また、前者は天津神、後者は国津神だとざっくりと呼ぶことができる。

そして、それらは勧善懲悪ストーリーのように、
アマテラスかスサノオのどっちかが悪いみたいにはならず、
どちらかが勝って終わりみたいにもならずに話が巡っていく。
まるで、真ん中に「空」があるが如しである。

真ん中に「空」があって、巡り巡って、
最終的に「和する」ことを目指すような・・・
日本神話のストーリーはそんな感じのイメージに近い。

以上のようなイメージで「中空構造」を捉えると、
その原理を深めて理解することができると思う。

 
あと、書籍『中空構造日本の深層』の初版発行は1999年のため、
1999年以前の社会事情で中空構造について諸々のことが書かれている。
今現在は2000年代も2010年代も過ぎて、
いよいよ令和の2020年代へと突入しているので・・・
・・・果たして、今の時代において中空構造を意識すると、何が言えるのだろうか?
それについては、我々自身が考えていくしかないだろう。

そんなわけで・・・

「中空構造という説がある」
「これについてよく考えてみる必要があるかもしれない」

・・・ぐらいの主張で今回は終わりにしておく。
 

↓続き

■河合隼雄を読み直す(7) ~内向タイプと外向タイプ~


-河合隼雄

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