河合隼雄

■河合隼雄を読み直す(5) ~母性原理と日本~

投稿日:2021年12月30日 更新日:

前回に引き続き、父性原理と母性原理について書いていく。

今回は「母性原理と日本」ということで、
母性原理について詳しく言及していく。

以前から述べてる通り、父性原理に関しては「日本の苦手分野」のような位置づけになる一方で、
母性原理に関しては日本はとても強力に機能している国なため、
こちらについてはとくに思い当たることや悩みたくなることが多い。
 

~父性原理・母性原理のおさらい表~


 

母性原理の長所

まずは母性原理の長所についてである。

これは以前にも引用した「優しさ」のようなものが該当すると思う。

そのよい方を述べると、全体としての一体感のようなものに支えられ、欧米人の味わうような凄まじい孤独感を体験することが少ないことや、能力が低くても全体によって支えられている傾向があるので、犯罪や非行が欧米先進国に比して、きわめて低いということであろう。家庭内暴力などと言っても、日本とアメリカではその熟しさが全然異なっている

なんとなく全体を意識して察する力だったり、
孤独感を防ぐために繋がろうとする力がそれに該当するだろうか?
それから、「場」を良くしたいと動く力が母性原理によって生まれるため、
そうしたものが「優しさ」として機能していくこともあると思う。

大昔に聖徳太子が残した「和を以て貴しと為す」という言葉が有名であるように、
「和」を重んずるような美徳も日本にはある。

河合隼雄さんが言うには、こうしたものが無い欧米先進国はもっと酷いことになっているらしい。

思えば、日本のシステムにはまだ慈悲があるのではないだろうか?

かつて日本を象徴していた(今も象徴する?)システムといえば、終身雇用制度がある。
これは年功序列制度と併用して一様序列に労働者を扱うため、
実力があっても相応に評価がされずらいシステムであるが、
その一方で能力が低くても解雇されずらいシステムでもあった。
そのため、多くの弊害を生み出す欠点があった一方で、
能力が非常に低い人にとっては慈悲深いシステムだったとも言えるのかもしれない。
(2000年代突入でまたどんどん状況が変わっていってしまったが・・・)

それから、日本の医療保険は皆払うことになっていて高額だが、
そのおかげで医療は充実していて、高齢者も手厚い医療を受けることができる。
アメリカの場合は医療保険が任意であり、医療費が高額であるため、
保険料も医療費も払えなくなったお金のない老人や貧乏人は無慈悲に亡くなっていくしかない。
しかしながら、日本にはそういうのがなく、進んで「切り捨て」をするのを避ける心情があるか、
あるいは、切り捨てたくとも制限が設けられているような社会になっている。

そんな感じで、「切る」力の弱さともとれるが、「包む」ような慈悲ともとれるような・・・
日本にいるとそんな心当たりがあることがちょいちょいある。

しかしながら、就職氷河期から2000年代にかけての不景気を考えると、
そうした「慈悲や優しさ」のない厳しい状況になってきているとも言える・・・
現実的に厳しくキツい環境にいるほど、冷酷な場面に遭遇することも多いだろう・・・

河合隼雄さんが書籍『子どもと学校』を出版したのは1992年頃だが、
2000年代⇒2010年代と通過するにつれて、また変わってきている状況もある。

やはり、今の時代だからこそ、昔よりも母性原理の復興が世の中に求められているのかもしれない。
 

母性原理の短所

次に、母性原理の短所についてである。
これも色々とある。

父性原理のキーワードが「個」や「個人の確立」であるように、
母性原理のキーワードは「場」「全体の一体感」であるため、
その弊害はそれがベースにある。

河合隼雄さんの言う母性原理の概念のベースには
ユングが提唱した「太母(グレートマザー)」という元型がある。

これについて、書籍『ユング心理学入門』では以下のように書かれている。

すなわち、地なる母の子宮の象徴であり、すべてのものを生み出す豊饒の地として、あるいは、すべてを呑みつくす死の国への入口として、常に全人類に共通のイメージとして現われるものである。

それは全てを包み込むような優しさもある一方で、全てを呑み込む恐ろしさも同様に持っている。
優しさが大きいほど、恐ろしさも大きい。そんな二面性を持つ存在が「太母(グレートマザー)」である。

母性原理が作る「絶対的平等感」のある「場」の力も、そのようなものかもしれない。

河合隼雄さんも書籍『子どもと学校』にて、
日本における母性原理の欠点については特に強調した書き方をしている。

わが国の母性原理の強さに起因する一様序列性の害は、いくら強調しても足りないほどのものである。一人ひとりが個性をもち異なる存在であることをほんとうに自覚できたなら、 全員が一様に順序づけられることなど考えられるはずがない。しかし、日本人の場合、自分がそのような場の序列のどこにいるのか、部長か課長か、課長でも一番目か二番目か、ということによって自分のアイデンティティーを保っている人が多いのではなかろうか。

日本人は「これが自分である」と言えるアイデンティティーを「場」に依存していることが多く、
それによって大した「個」を持たなくなるという話である。
それから弱い「自我」しか持たなくなる話にも繋がり、
ユング心理学で目指す「個性化」や「自己実現」の際に大きな課題となってしまう。

また、創造性の高い人の個性が封殺されるみたいなことも書かれていた。

母性原理が強いなかで、西洋流の個の確立を意図する者は、大変な困難に会う。あるいは、創造的な活動をしようとする人にとっても、「足を引っぱる」人が多いために苦労しなくてはならない。ともかく、人々と異なることをするのが極端に難しいのである。このようなことは、母性原理の短所と言っていいであろう。創造性の高い人が「海外流出」したりするのもこのためである。

以上のような理屈によると、母性原理と個の確立は相反するものとなる。

これは逆に、前回で扱った「父性原理」の長所にも繋がっていて、
創造的な活動をしようとする人に有利に働くのが父性原理の力ということになる。

それから、何かしらの思想が「場」を支配することによって同調圧力が生まれることもある。
「同調圧力」というワードと、その弊害については特に共感する者が多いだろう。
地元、会社、学校、有志のコミュニティ、インターネット・・・ほとんどの人が同調圧力のある集団を何かしら体験したことがあるかもしれない。
日本だと特に田舎あたりほどその傾向が強く見られる。

他にも、ビジネスや政治の世界だと、何か重大な問題が起きた時に「みんなの責任」にしようとする風潮がある。
問題への対処の仕方として「みんなの責任」にしようするのが良いケースもあるが、責任の所在を明らかにしないであやふやにできちゃう所もあり、これも母性原理の弊害になってくる。

 
・・・以上のように、日本における母性原理の欠点については、
色々と思い当たることが山ほどあるので、改めて考えてみると良いかもしれない。

河合隼雄さんは以下のような本も出している。
タイトルは『母性社会日本の病理』・・・なかなかネガティブなタイトルだけど・・・
母性原理の弊害について気になった人は読んでみると良いかもしれない。


  

映画「君の名は。」でみる母性原理と父性原理

「母性原理」と「父性原理」について。
より深く理解するために良い作品がある。

国内興行収入250億を突破した大ヒット作品『君の名は。』

この作品は様々な神話的解釈ができそうなぐらい深いテーマを含んだものだが、
母性原理と父性原理についてもよく表現されてる作品なのでは?と思う。
実は「三葉:田舎:母性原理」「瀧:都会:父性原理」が、
綺麗な対応関係みたいになっているとも解釈することができる。

主人公の三葉は田舎の生まれであり、しかも神社という濃ゆい家系の長女でもあるため、
それによる苦労と鬱憤によって自身のいる環境へ不満を持ち、都会への憧れを抱くようになる。

逆に、都会で過ごしていた瀧の方が田舎を体験することになり、
それはそれで苦労をすることになるが、その中で新鮮な体験をして、感銘を受けることもある。

宮水神社を巡る舞台の中で、一番印象的だったのは、
三葉のお婆ちゃんが語るあのシーンだろう。
(『小説 君の名は』より引用)

「土地の氏神さまのことをな、古い言葉で産霊(ムスビ)って呼ぶんやさ。この言葉には、いくつもの深いふかーい意味がある」
「糸を繫げることもムスビ、人を繫げることもムスビ、時間が流れることもムスビ、ぜんぶ、同じ言葉を使う。それは神さまの呼び名であり、神さまの力や。ワシらの作る組紐も、神さまの技、時間の流れそのものを顕しとる」
「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それが、ムスビ」

この台詞は、宮水神社という田舎の片鱗で、
昔ながらの八百万信仰が生きていたからこそ出てきたものである。

日本にはそうしたものを扱う「霊性」を持った一面があり、
母性原理の長所もそういうものと繋がっている。

ユング心理学では特にそういう概念を重視していて、
それが「アニマ」という元型とも繋がってくる。
こうした概念との繋がりは、母性原理の長所の真髄でもある。

さて、その一方で『君の名は。』では、逆に母性原理の短所と言えるものも表現されている。
三葉が不満を持った部分がまさしくそれなわけだが、
やはりこれも日本の田舎の特徴がそれとも言えそうである。

そもそも作者の深海誠さんは「田舎⇒都市」へと移住した経歴を持つので、
どっちの良し悪しもよく分かっていそうな人である。
そのため、閉鎖感を持った田舎よりも新しいものとしての「都市」のイメージもまた、あの作品で描かれていた。

それらの二つの「巡り合い」がまた、河合隼雄さんの言う通り「双方の原理を深めること」に通じているのだろうと思う。
(再度引用)

原理を深めるとは、自分のよって立つ原理に対立する原理にも意味があることを認め、その葛藤のなかに身を置いて、右に左に、それを繰り返しながら、自分のよって立つ原理をできる限り他と関連せしめることによって、ものの見方を豊かにしてゆくことである。言うなれば、二つの原理を梯子の両側の柱のようにして、その間を一歩一歩と下ってゆくのである。 そのようにして深めてゆくとき、足が地に着いて、ここを基盤にと感じるところ、そこに、その人の個性が存在していると思われる

あの作品を観ながら、そうしたものについて考えてみるのも良いと思う。

他にも、色んな視点から日本文化を味わい知ることで、
「母性原理」と「父性原理」の二つについて原理を深めていきたい。
 

↓続き

■河合隼雄を読み直す(6) ~日本にある「中空構造」~


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