オタクとは何か?
それは現代日本において、実に壮大なテーマである。
そもそも「オタク」という言葉自体が何を指しているのか微妙に曖昧で、
下手に「オタクは○○だ」とか言うと、主語がデカいことになってしまう類のワードである。
浅い見解でうかつにこれを定義してはならない・・・
ということで、改めてこれについて考えてみようと思う。
↓目次(全5回)
オタク基礎知識
まず、「オタク」というワードの一番の語源とされているものは、1983年にコラムニストの中森明夫という人が、コミックマーケットに集まる漫画やアニメが好きな人達が互いを「おたく」と呼び合っていたことを揶揄して「おたく」として分類したことにあるらしい。
(この時はひらがなで「おたく」が主流だった)
「おたく」は「御宅」が語源でもあるため、「御宅にこもって何かをやり込む人」でも大体の意味は合ってる。
さらに、広辞苑(第六版)を参照してみると、以下のように書かれている。
(多く片仮名で書く)特定の分野・物事にしか関心がなく、その事には異常なほどくわしいが、社会的な常識には欠ける人。仲間内で相手を『御宅』と呼ぶ傾向に着目しての称
つまり、「社会的な常識に欠けるぐらい、特定の物事に異常に詳しい人」で大体合っているため、「オタク」の原点あたりの意味だとそのようなものであることを覚えておこう。
「オタクについて語る人物」として有名なのは岡田斗司夫である。
岡田斗司夫は『新世紀エヴァンゲリオン』などを放映していたアニメ会社『GINAX』の元社長であり、1990年代あたりから自らを「オタキング」と名乗って、その可能性に期待していた。
岡田斗司夫は書籍『オタク学入門』を出していて、そこにはオタクが持つべき能力は以下であると書かれていた。
粋の眼(自分独自の視点で作品中に美を発見し、作者の成長を見守り、楽しむ視点。)
匠の眼(作品を論理的に分析し、構造を見抜く科学者の視点と技を見抜く職人の視点)
通の眼(作中を通して見える作者の事情や作品のディティールを見抜く目)
岡田斗司夫の理想とするオタク像は、上記のような美学があって格好良さがある。
それはまるでニーチェの「超人」ぐらい強い存在を目指している者であるし、実際、オタクの目指すべきものはそれだということを自身の著作で書いている。
しかしながら、近年の「オタク」は本当にそういうものなのか?
二次元の美少女を愛するだけの存在になっていないだろうか?
そうした問題もあり、岡田斗司夫は2006年に「オタク・イズ・デッド」というイベントを開催し、「オタクは死んだ。」と宣言した。
そして、それとほぼ同じ内容が書かれた書籍『オタクはすでに死んでいる』を出した。
しかしながら、オタクの可能性を信じる岡田斗司夫は、必ずしもオタクに対してネガティブなことを言いたいわけではない。
「オタク・イズ・デッド」の意味は「昭和にあったオタクのモデル(一種の確立された生き方)は死んだ」ということである。
つまり、どちらかというと「昭和は死んだ」ということが本意であり、時代の流れが未知のステージに入ったことが重要である。
また、昭和の時代にあった「オタク民族」みたいなものが無くなってしまって、それによるアツい結束や反骨精神も失われていき、岡田斗司夫もそれを寂しく思っているが・・・
一方で、世間からオタクが排斥されることも無くなり、好きなものは好きと堂々と言えるようになった時代になったことを称賛している。
そこから浮かび上がってくるのは「新しい生き方のモデル」であるため、その可能性には期待するべきだとしている。
しかし一体・・・オタクの界隈に何があって岡田斗司夫が「オタク・イズ・デッド」と主張するに至ったのか?
これを解明するために、まずは世代論について掘り下げていこう。
第一世代、第二世代、第三世代
まず、「オタク」を理解するためには、以下の山田玲司と岡田斗司夫の話が面白い。
二人とも当事者に近い立場から、とても的を得た「オタク論」を語っている。
これによると、オタクにはそれぞれ「第一世代」「第二世代」「第三世代」があることが分かってくる。
「第一世代」は「おたく」という言葉の名付け親でもある中森明夫氏が命名したものであり、
そこから続いて、「第二世代」や「第三世代」といった分類がされることが多い。
分類方法には諸説ありそうだが、ざっくりと「オタク第一世代(1960年前後生まれ)」「オタク第二世代(1970年前後生まれ)」「オタク第三世代(1980年前後生まれ)」とするのが分かりやすく、そういう定義が主流になってる。
まず、「第一世代」「第二世代」「第三世代」があった流れと、「オタク・イズ・デッド」が宣言されるまでを図にまとめると、以下のようになる。
それぞれの世代について、詳しく書いていこう。
第一世代について
まず、「オタク第一世代」は1960年前後生まれが該当する。
まだアニメや漫画といったものは今ほど普及していなかった時代であり、この世代のオタクはほとんど「研究者」のようだったらしい。
ここでのオタクは周りでどんなものが流行っていようと、興味を持ったものに対しては
「とにかく俺が好きなものをやる!」
という不屈の精神があって何かをやり続けるような変人である。
その特徴を表すキーワードは「偏屈」である。
一つのものを研究し、知識をひたすら集めたりすることに長けてるが、みんな俺が一番だと思ってるからマウントを取ってくることがあったりするし、知識を持たない人に対して「まだまだ甘いね。」なんて態度も取ったりする無礼者でもあったらしい。
しかしながら、やはり高いプライドを持ったすごい存在なので、特定の分野のエキスパートとして革新的なことができる逸材であり、エキスパート同士の集団の中で切磋琢磨して、面白いものを生み出してきた人達でもある。
岡田斗司夫も割とこの世代に該当するため、理想とするオタク像も大体この辺りになる。
ちなみに、それ以前に生まれた「オタク原人」も存在し、それも研究者の精神に通じている。
それはより純粋な「オタク」と言える。
第二世代について
次に、「オタク第二世代」は1970年前後生まれが該当する。
第一世代が作ったものの影響を受けたりする立場で、「萌え」文化の登場以降の世代にも当てはまる。
アニメのクオリティは以前より向上し、いわゆる「アニメオタク」っぽいイメージのオタクはこの辺りから普及する。
アニメや漫画はこの頃から色々なものが作られ、リリースされている中・・・
第二世代的な価値観に大きな影響を及ぼした代表的で象徴的な作品が二つある。
それは、機動戦士ガンダムとうる星やつらである。
1979年:機動戦士ガンダム
クリエイター富野由悠季が監督して作った作品。
「ガンダム」という誰も名前を聞いたことあるであろうシリーズの原点、俗に「ファーストガンダム」と呼ばれるアニメが1979年にあった。
何故、ガンダムはここまでウケた作品として受け継がれているのか?
それは巨大ロボットに人が乗って戦うという王道SF的な面白さがありながらも、「文学的」と称されるほどに深い内容を仕込んだシナリオがあったからである。
ファーストガンダムの主人公アムロ・レイは「どこか気が弱いタイプの主人公」であり、屈折した性格の少年が心理的な葛藤を乗り越えながら巨大ロボットに乗って戦うというコンセプトは、当時は革新的な内容だった。
富野由悠季しか作れないであろうこの作品は、オタク達に大きな刻印を残すほどに人気が出た。
後にガンダムシリーズは続いていき、他にもたくさんの面白いアニメが登場するが、ファーストガンダムはSFアニメに文学を持ちこんだ作品として、アニメ史に残るぐらい重要なものとなる。
ガンダムのヒットによってガンダムオタクが誕生し、「オタク=ガンダムみたいな巨大ロボットが好きな人」なイメージもやんわりと定着する。
1978年:うる星やつら
今も現役で活躍している漫画家、高橋留美子の作品。
週刊少年サンデーで連載されたデビュー作が1978年にあった。
(2022年現在、ちょうど再アニメ化もされた)
高橋留美子の作品は「るーみっくわーるど」と呼ばれるぐらいのインパクトがあり、『うる星やつら』は可愛い女の子がたくさん出てくるハチャメチャコメディとして人気が出た。
ハーレムものの原点とまで呼ばれるほどに大ヒットしたラブコメであり、アニメ史において「萌え」に限りなく近いものが出てきた代表的な作品である。
高橋留美子は後にシリアスな作品や怪奇ものも出すようになり、それはそれで評価されているが・・・・
この時はとにかくラブコメ一筋のような内容だった。
オタクの中核を成すものといったら、今も昔もSFと萌えがあるが、上記の二作品は現代日本アニメにおけるSFと萌えの主柱を作った二大巨頭のようなもので、
それらは父性のスーパースターと母性のスーパースターと言えるかもしれない。
さらに、後に2000年代を象徴するジャンルとなる「セカイ系」と「空気系」のベースもここにあるとも言える。
さて、先の岡田斗司夫と山田玲司の討論によると、この二作品が出てきたオタク第二世代の辺りから、オタクは「研究者」から「マニア」になり、オタクとしての強度がちょっと弱くなってしまう。
昔よりもファンのように作品を楽しんだり、知識を収集することを楽しむ傾向が出てくる。
そして、「仮想世界を好む者」としてのオタクが出てくるようになる。
この「仮想世界」は言い換えると「虚構」になるため、「虚構へ行くタイプのオタク」が出てきたとも言える。
一方で、第一世代のような偏屈さを持った従来のオタクが相変わらず存在することもあり、そうした者は「知識」と「技術」を追求する方向に行く。
マニアのレベルになることで研究者よりは弱体化してしまったかもしれないが、強い者は第一世代同様の偏屈さを持っていて、それを突き詰めると「革新」となる。
それから、「虚構」サイドに行くオタクは、よくありがちな「萌え豚アニメ好きヤロー」みたいになっていくわけだが・・・
その奥にある衝動は下賤なものばかりなのだろうか?
仮想世界を好む性格は「この世は真実ではない」と気付く道でもあり、内なる世界を他者と共有しながら追求していく道でもある・・・
つまり、それを突き詰めると「内宇宙」へ行く方向性がある。
こうした「虚構へ行くタイプのオタク」と「偏屈さを持った従来のオタク」をまとめると、以下のようになる。
「知識・技術」サイドや「萌え・幻想」サイドに分かれたオタク達は、エゴレベルでは迷惑だったり、下賤なものだったりするかもしれないが・・・
究極的に突き詰めると、片や革新、片や内宇宙へと繋がっているのではないだろうか?
問題はどうやってそこに到達するか?
どれほどの人がそこに到達できるか?といったことだが・・・
そうしたことがオタクの抱える問題としてあるわけである。
第三世代について
「オタク第三世代」は1980年前後生まれが該当する。
第二世代が作ったものの影響をさらに受ける立場で、コンピューター登場以降の世代にも当てはまる。
必然的にファミコンを始めとするコンピューターゲームが出てくるようになるため、「オタク=ゲームが好きな人」なイメージもこの辺りから出てくる。
第三世代は第二世代の「偏屈 / 虚構」の方向性を引き継いでいくようになるが、加えてコンピューター発展の影響を大きく受けるようになる。
そもそも、一言で「オタク」と言っても、得意な能力次第でどういう内容かが全然違ってくる・・・のは分かるだろうか?
昔はオタクがやることといったら、知識を集めたり絵を描いたりするぐらいが該当しただろうが、コンピューターの登場で「理系」や「ゲーマー」の枠が発展し、より細分化が進むようになった。
ひとまずここでは「理系 / 文系 / 美術系 / ゲーマー」ぐらいに最低限分けていくことにする。
そして、コンピューターの登場によってそれぞれ異なる運命を辿るようになる。
理系
理系は、数学・物理・機械・生物・化学といった分野に強い人である。
一昔前の理系というと、機械の扱いに長けたエンジニアや、科学者、生物学者、鉄道オタク(これは理系ではない?)あたりが該当しそうだが、コンピューターの登場によってそれに長けた人が活躍するようになった。
コンピューターを扱う分野だとハードウェア系とソフトウェア系があり、ソフトウェア系はプログラミングの仕事をするようになった。
こうしたソフトウェア系の理系はインターネットやコンピューターの発展を支える役割にもなる。
現代ではさらにプログラマーがどんどん増えるようになり、IT社会を支える役割になっている。
文系
文系・・・といっても、大体のスタンダードがこの辺の方向なので、「普通の人」がこれに該当すると言っても良いだろう。
普通のオタクは従来通り消費者として動く人が多いが、生産者としての活躍する場合だと、岡田斗司夫のように評論家・文筆家・実業家・企画者・プロデューサーをやったり、他にも編集者や営業など幅広い分野でクリエイティブなオタクの支える役割がある。
技術の発展による変化としては、ワープロの利用やパソコン通信の利用などがあり、インターネットが登場してからさらに新たな活躍の場ができるようになったと言える。
美術系
美術系は漫画やイラストを描くことに長けた人であり、従来通りの漫画を描くだったら従来通りに漫画を描いていればいい。
一方で、コンピューターでの作画や、CGの分野がどんどん進化していくようになったため、デジタルで絵を描く人はどんどん変わっていくようになる。
基本的に「理系がお絵かきやCG作成用のソフトを作る⇒美術系がそれを使う」みたいな流れになっている。
ちなみに、Adobeが『Photoshop』の最初のバージョンをリリースするのが1990年なため、そこからの発展が激しい。
また、3DCGの技術も1980年代からだんだんと進んでいて、1996年にはPixarが『トイ・ストーリー』を作るレベルにまで達する。
ゲーマー
ゲーマーは言うまでもなくゲームが好きな人である。
本来「ゲーム」という言葉は「勝負事。遊び」を指す幅広いものだったが、だんだんと「ゲーム=ファミコンのようなコンピューターゲーム」を意味するようになる。
ただ単にゲームが好きなゲーマーはたくさんいるが、本当に上手い人はアスリートのように徹底してのめり込んでいることもある。
また、ゲーム好きの中からゲーム開発の方に行く人も出てくるため、理系・文系・美術系のそれぞれ分野でゲーム開発の仕事に携わる人もいる。
「ゲームをやって生活する」みたいな話は、昔だったら夢のまた夢みたいな話だったが、日本で「プロゲーマー」というワードが出てきて実現するようになるのは2010年代に入ってからである。
上記の4つの分類を図にまとめると、以下のようになる。
コンピューター登場以降のオタクは、以上のような4分類がざっくりありながらも、「偏屈 / 虚構」の二種の方にも分かれていくようになり、デジタルコンテンツ全体を充実させたり発展させたりする方向に行く。
特に「虚構」サイドはコンピューターの発展やゲームの登場でどんどん強まっていくようになるため、「虚構へ行くオタク=一般的なオタク」みたいなイメージにどんどんなっていく。
一方で、「偏屈」サイドはマイナーながらも時代を切り開くことが期待される立場である。
特に理系オタクに関してはコンピューターを発展させる分野で伸びしろがあった時期である。
2000年付近とその先
さて、とりあえず第三世代までについて書いていった。
つきつめると第四世代、第五世代とかもありそうだが、とりあえずここでは省略しておく。
1980年代、1990年代は他にも色々とあったが・・・
詳細を書いていくとキリがないためこれぐらいにしておこう。
気になる人は、Wikipediaの「おたく」の項に色々と書いてあるので、読んでみると面白いと思う。
しかし、第三世代以降で起きていってることは、大まかには「幻想&萌え⇒虚構」へ向かうコンテンツがどんどん栄えて、コンピューターによって盛り上がっていくことなので、その方向性はあまり変わらない。
映像技術に関しては、1980年代のCGはまだまだショボかったかもしれないが、1999年には映画『マトリックス』が作れるほどに進化した。
それから、1994年に発売の『Play Station』時点の3D造形はポリゴンがショボかったが、2000年の『Play Station 2』では、今出しても通用するぐらいの綺麗さに到達する。
そして、2000年代はブロードバンド通信の普及によって無制限でインターネットができる環境が一般家庭でどんどん広がるようになる。
それからWebの世界は「Web 2.0」と呼ばれる進化へ・・・
2005年、2006年になると、「Youtube」「Pixiv」「Twitter」「ニコニコ動画」といった、「オタクと言ったらこれ」なWebサービスが登場するようになる。
そして、2006年に岡田斗司夫が「オタク・イズ・デッド」宣言をするに至る・・・
果たして、2000年代以降のオタクはどうなっていったのか?
長くなったので次回に続く。
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